留学体験記

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フレッド・ハッチンソンがんセンター 平成22年卒 高橋 秀一郎

後列右から3番目のHill先生と左から3番目の私

2020年9月から2024年2月までアメリカ合衆国ワシントン州のシアトルにあります、Fred Hutchinson Cancer CenterにPhD fellowとして留学させて頂き、移植片対宿主病および骨髄腫に対する腫瘍免疫についての研究に取り組ませて頂きました。3年半にわたるシアトル滞在中の経験をご紹介致します。

1. 留学までの経緯

私は山形県山形市で生まれ育ち、大学も地元の山形大学医学部医学科を卒業しました。初期研修も山形県立中央病院で行い、地元を離れることなく医師としてのキャリアを歩んで来ました。初期研修を開始した当初は、がん診療に携わる内科医を目指していましたが、研修先で血液内科の大本英次郎先生に出会い、血液内科の奥深さと魅力に触れ、この分野を志すようになりました。血液内科医として様々な症例を経験する中で、とくに造血幹細胞移植により病気を克服し、元気に外来通院されている患者さんの姿を目にし、移植医療に強い関心を抱くようになりました。一方で、移植後に重症の移植片対宿主病(GVHD)を発症し、苦しい闘病生活を余儀なくされる患者さんを数多く経験しました。

当時は、移植後の患者さんの体内で何が起きているのかを十分に理解できておらず(今も分からないことはたくさんありますが…)、患者さんやご家族からの問いに答えられないことに、歯がゆさを感じておりました。そのような経験から、基礎研究を通じてGVHDの病態を理解し、その知識を治療に役立てられるような医師になりたいと思うようになり、大本先生のご紹介で北海道大学血液内科の豊嶋崇徳教授のもとで基礎研究に取り組む機会を頂きました。大学院では豊嶋教授、橋本大吾准教授のご指導のもと、マウスモデルを用いた皮膚GVHDにおける幹細胞傷害の研究を行いました。豊嶋グループでは、GVHDによる組織幹細胞傷害と組織恒常の破綻という新たなGVHDの病態解明が進んでおり、私もその研究の一端を担うことができたことを光栄に思っております。

留学を意識するようになったのは、大学院生2年目にオーストラリアのブリスベンで開催されたAustralia-Japan Haematology Consortiumへの参加がきっかけでした。この研究会を通して、初めて海外の研究者と交流し、海外の研究環境を目の当たりにし、大きな刺激を受けました。そこで初めて出会ったHill先生に将来の留学について相談したところ、快く受け入れてくれたことを覚えています。大学院卒業後は、医局の先生方に留学希望である旨を表明し、そのチャンスを頂けるタイミングを待っておりました。私の場合は、幸いにも2020年にそのチャンスを頂けることになり、まずはHill先生に連絡しました。その理由としては、Hill LabからはGVHD関連の興味深い論文が多数出ていたことに加え、新しく取り組んでいる骨髄腫における腫瘍免疫の研究にも大変興味を持っていたからです。これもまた偶然ではありますが、Hill先生はちょうどその頃Fred Hutch Cancer Centerの造血幹細胞移植部門のDirectorに栄転され、ブリスベンからシアトルに拠点を移したばかりであり、PhDを募集しているということでした。このようなタイミングが重なり、2020年4月よりHill LabでPhD fellowとして留学させて頂けることになりました。

ところが皆さんご存知のように、2020年2月頃よりCOVID-19のパンデミックが始まり、世界中でLockdownが実施される事態となりました。留学先のHill先生に相談したところ、「今渡米しても何もできない、生活のセットアップも困難だからもう少し日本で渡米の時期を待った方がいい」と助言を受けました。2020年3月付で退職することが決まっていたため途方にくれていましたが、当時医局長であった後藤秀樹先生をはじめ、関連病院の先生方のご配慮により、留学までの期間を札幌北楡病院で勤務させて頂けることになりました。その際は大変お世話になりました。この場を借りて、改めて深く感謝申し上げます。

2. Hill Labでの研究生活

私が留学した際のHill LabはPIのHill先生の他に、Senior Scientistが2名、Research Associateが2名、PhD Fellowが私を含め4名、Lab Managerが1名、Research Technicianが5名の、計15名で構成されていました。Hill LabはGVHD/GVLやCAR-T細胞療法を含む免疫細胞療法に関する研究業績が豊富であり、とくにマウスモデルを用いた解析を得意としており、常時40-50種類の遺伝子組み換えマウスを維持している研究室でした。

開放的なオープンスペースラボ

PhD Fellowは基本的にHill先生のグラントで獲得した資金で雇用されており、実験試薬やマウスの飼育費などもそれらのグラントで賄われていました。PhD FellowはHill Labで研究しているプロジェクトの中からいくつかを担当し、リサーチクエスチョンとそれを検証するための実験計画、データの解析を行い、プロジェクトごとに週に1回行われるラボミーティングでプレゼンテーションを行うという日常でした。プロジェクトの中には外部とのコラボレーションも複数あり、COVID-19の感染状況も考慮し、Microsoft Teamsでミーティングを行う機会も多かったです。また、施設内でのセミナーで自らのプロジェクトを他の研究室のメンバーにプレゼンテーションする機会もありました。

実験に関してはLab ManagerやTechnicianがマウスの管理、実験試薬の購入、在庫管理、補充を行ってくれ、大きな解析を行う場合は実験を手伝ってもらうこともでき、北海道大学大学院での研究環境とは異なる点が多々ありました。とくにマウスの管理については、毎月行われるコロニーミーティングで必要なマウスの系統と数を相談し、それをもとにTechnicianがマウスを管理してくれるというシステムになっており大変助かっていました。

私はGVHD関連のプロジェクトを3つ、骨髄腫関連のプロジェクトを3つ、その他細々としたタスクを複数抱えておりました。様々なプロジェクトを抱えていたため、スケジュールをうまく調整して実験を進めていく必要があり、留学当初はコミニケーションエラーやCOVID-19パンデミックによる業務制限のため、なかなか実験が進まず苦労しました。そんな中で助けてくれたのは同じ研究室の同僚でした。Hill先生はワシントン大学での臨床業務も兼務していたので大変忙しく、あまり細かい相談はできませんでしたが、同じ研究室の仲間に相談することができ、何度も助けられたことを覚えています。

留学中の研究で最も成果が出たプロジェクトは骨髄腫の自家移植に関連した抗腫瘍免疫に関する仕事でしたが、同じ骨髄腫のプロジェクトをHill Labで長く携わってきたPhD Fellowの同僚からは、マウスモデルや細胞株の特徴、解析方法や解析のタイミングなど、論文にはあまり書かれていない様々なTipsを教えてもらいました。彼女はnon-MDのPhD Fellowであり、Hill Labでの業績を礎に自分の研究室を持ちたいという大きな夢を持っていました。彼女からは研究に対する真摯な姿勢はもちろんのこと、プレゼンテーションスキル、論文の書き方など研究者として必要な様々なスキルを勉強させて頂きました。彼女は素晴らしい業績を築き、2025年5月に自らのラボを持ち独立しました。私の留学時代のメンターの1人であり、これからも私の研究に対するモチベーションを刺激してくれる存在です。

Hill先生は豊富な知識と経験から、私の研究の方向性を導いてくれました。彼の口癖は、“Data is data”であり、予想した結果にならないときはそれを受け入れてさらに考えること、他のグループから異なる見解があったとしても、自分が追求して得たデータは信じることを教えられました。研究に携わっていく上で、これからも大事にしたい姿勢だと思います。

3. ワシントン州シアトルでの生活

COVID-19パンデミックでいつ留学するか大変迷いましたが、COVID-19パンデミックの第3波が沈静化した2020年9月に渡米しました。留学当時は私と妻の2人家族でしたので、まずは私1人で渡米し、現地の状況を見ながら妻に渡米してもらうような流れにしました。パンデミックの影響でシアトルの街は閑散としており、街にはホームレスしかいない異様な光景でしたが、スーパーなどの生活必需品を購入できるお店は開いていました。様々な手続きがパンデミックによりwebに移行しており、わざわざ出向かなくていい便利さの反面、情報が限定的で苦労はありました。賃貸物件も日本とは異なる点が多く戸惑いましたが、Hill先生の奥様や同僚が手伝ってくれ、ここでも仲間に助けられました。

COVID-19のワクチン接種が進み、感染者数が落ち着いてきた頃に妻に渡米してもらいましたが、その頃から街も徐々に活気を取り戻してきました。シアトルはMicrosoft, Amazon, Starbucksなどの大企業の本社があるため、世界中から優秀な人材が集まる街で、人種も様々でした。週末はPike place marketをはじめとして、様々な場所でストリートマーケットやイベントが開催されており、それらを探してまわるのが楽しみでした。その他にも、アメリカの休日らしいBBQや野球観戦、ハイキングなども楽しむことができました。私の職場も比較的短期間かもしれませんが、全員がvacationを取る文化でしたので、3-4週間の休みをとってアメリカ国内を旅することもできました。社会人になってから最も長い休みだったと思います。シアトルは比較的治安の良い街でしたが、それでも銃撃事件が起こっていました。夜は出歩かない、危険な地域には近寄らない、親は子供を1人にしないなど、自己防衛をより意識して生活しなければならない点は、日本にはあまりない感覚でしたが、アメリカの中でも多国籍なシアトルは外国人にも優しい人々が多かったように思います。

シアトルのクリスマスマーケット

4. 海外留学を考えている先生へ

近年、日本国内においても最先端の研究を行うことが可能な施設が増えてきています。わざわざ家族を巻き込んでまで海外留学をする必要があるのだろうか、と考える先生もいらっしゃるかもしれません。

しかし現在においても、サイエンスの中心が欧米諸国であること、そしてそこに優秀な人材や研究資金、最先端の技術が集まりやすい事実は変わっていません。欧米の研究者と共に仕事をすることで、新たな人と出会い、私たちにはない価値観や発想に気付かされることも少なくありません。さらに、国外に身を置くことで初めて気付かされる日本の長所や短所もあります。そして何よりも、留学経験は自分自身の人生を豊かにし、視野を大きく広げてくれます。近年の円安の影響により留学にかかる費用を心配される方も多いと思いますが、お金の問題は様々な対策でなんとかなると思います。

そして、留学の際には是非ご家族と一緒に行かれることをお勧めします。海外生活には苦労がつきものですが、その一つ一つの経験が、皆さんとご家族の人生に深みと彩りを与えてくれるはずです。分からないことがあれば相談にのりますので、勇気をもって一歩を踏み出してみて下さい!

最後になりますが、このような貴重な機会を与えて頂きました豊嶋崇徳教授はじめ北海道大学血液内科の諸先生方に厚く御礼申し上げます。