留学体験記

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米国国立衛生研究所/国立癌研究所 平成11年卒 小野澤 真弘

ラボピクニックにて 右端がボス、左端が筆者

NIH/NCI留学便り

私は1999年に医師になりました。2年間の研修中、忘れることの出来ない患者さんや諸先輩方との出会いにより血液内科を専門とすることを選びました。血液内科分野ではその後、抗CD20抗体であるリツキシマブや、BCR-ABLチロシンキナーゼ阻害剤のイマチニブ、プロテアソーム阻害剤のボルテゾミブなど治療概念を変えるようないくつもの新たな薬が導入され、その劇的な効果を見る度に新しい時代が来たと感じました。しかし、これらの薬の恩恵で助かる多くの人よりも、心に残るのは治療がやがて効かなくなり助からない患者さんです。これらの分子標的治療薬をもってしても、血液のがんは新たな遺伝子変異を獲得し、やがて薬が効かなくなることがあります。どのようなメカニズムによって血液のがんは発生するのか、なぜ一部のがんはさらに悪い顔つきに自らを変えていくのかに常に興味がありました。大学院卒業後、3年間大学病院勤務の後、念願の留学のチャンスに恵まれ、2010年4月からメリーランド州ベセスダにある米国国立衛生研究所(NIH)で研究生活を送っています。

NIHは世界最大の医学研究機関だけあり、広大な敷地に60以上ものビルが点在しています。組織は事務局以下、20の研究所と7つのセンターからなり、1万8,000人以上のスタッフが働いています。アメリカの政府研究施設ではありますが、世界中から多くの研究者が集まっており、そのような中でいろいろな刺激を受けながら研究しています。キャンパスの中は緑であふれ、リスやウサギや時には鹿の群れを見かけることもあります。クリニカルセンターのあるビル10では、世界中からの著明な研究者の講演が毎週のように行われており、基礎から臨床、あらゆる分野の最先端の話しを聞くことが出来ます。たとえ見逃しても、講演内容はスライドワークと演者の動画が英語字幕入りで、アーカイブとして保存されるため、自宅からでも過去の講演を聴くことが出来ます。私は英語字幕がありがたいのでむしろこちらを視聴しています。

私の所属は国立癌研究所(NCI)のGenetics Branch、Peter D. Aplan先生のラボで、トランスジェニックマウスを使いLeukemia geneticsに関する研究を行っています。私自身も近年血液悪性疾患の臨床検体で報告された遺伝子変異をもとに、2つのトランスジェニックマウスを確立し、その表現形の解析を行っています。NIHではマウスの世話は専門の獣医がやってくれるというアドバンテージがあります。日々の世話はもちろん、メールで依頼すればmatingのセットアップや採血もやってくれ、毎日観察して異常のある個体があればメールで連絡をくれます。私はNIHに来てからマウス実験を始めたのでここしか知らないのですが、この環境は日本国内の施設に比べるとかなり恵まれているようです。

スミソニアン教会本部(通称キャッスル)

スミソニアン博物館やホワイトハウスなど観光スポットの多いワシントンDCへは車で40分ほどで行くことが出来、休日などはよく出かけます。教育・研究機関でもあるスミソニアン博物館は全19施設もの博物館・美術館・動物園の総称で、無料で入館出来るうえにそれぞれが非常に広いので一つの施設で一日中楽しめます。展示は自然科学、人類学、自然史、美術、産業、歴史などあらゆる分野に及び、どれも一見の価値があります。日本に関する展示も多く、日本で見たことがないような日本の美術品、工芸品の数々や、太平洋戦争時の日本軍の戦闘機なども展示してあります。日本の外にいながら日本について知るというのは不思議な体験です。

海外に暮らすということは来てみて分かる不便さや苦労もありますが、刺激的な環境の中で研究に専念することができる時間はかけがえのない物です。最近日本人留学生の減少がニュースでも取り上げられますが、留学を少しでも考えている若い先生には躊躇せず飛び出してみることをお勧めします。

桜咲く春のワシントン記念塔