留学体験記

MDアンダーソンがんセンター ゲノム医療分野 Robert R Jenqグループ /平成19年卒 早瀬 英子

写真:早瀬英子

私は2018年8月よりアメリカのテキサス州ヒューストンにありますMDアンダーソンがんセンターのRob Jenqラボに留学させていただいております。

留学の始まりと生活のセットアップ

私が日本で行っていた移植免疫と腸内細菌叢の研究を発展させられるようなスキルを身に付けたいと思い,もともと一番最初に受入れをお願いしたいと思っていた(狙っていた)Dr.Jenqが日本に学会のために来日した際に直接会ってお願いしました。幸運なことに「Welcome!」の一言で受入れが決まり,翌年8月中旬,お盆のど真ん中に夫と娘(当時6歳,小1)を連れて,アメリカにやってきました。事前に新しい上司のRobが「住むところが決まるまでうちで過ごすといいよ」と言ってくれ,家族全員でアパートが決まるまで4日間ホームステイをさせてもらいました。娘の学校入学(アメリカは9月から新学期)のためにはすぐに住所が必要という問題から,Robも奥さんも一緒にアパートの情報を見てくれて,学力ランクの良い小学校の学区(つまりそれが安全な地域を指す)で生活に便利なアパートを調べてくれました。
渡米3日目にアパートを決めましたが,その契約時には上司の奥様が同行してくださり,英語がダメな私達にかわり「家賃の値切り」と「即時入居」の交渉をしてくださいました。娘の小学校入学の手続きでは,ワクチン接種歴が障害になりました。日本とアメリカでは子供のワクチン接種のスケジュールが大きく異なっていて,日本で2歳までに必要回数を接種し終えていたワクチンも,アメリカでは最終接種が4歳以上でないとだめというものがあり,娘は入学3日前に小児科で3種類のワクチンを接種され(アメリカでは複数種類を同日に接種OK)泣いていました。
子供連れ留学の場合はこういう事も準備しておかなければいけないのかと学びました。その他,公共料金の契約,銀行口座の準備,クレジットカードや小切手の準備など,英語に不慣れな中でこなさなくてはならず,最初の2週間は心が折れそうになりましたが,とにかく1日1個問題を解決しようというくらいのスローペースで頑張りました。

留学で苦労したこと(していること)

それはやはり英語です…。医師になった時点でほぼ全くと言っていいほど英語ができず,大学院生の時に国際学会に備えて4年間ただひたすらリスニングや英語のシャドウイングを通勤中+a程度頑張りましたが,とても留学で太刀打ちできるレベルではありませんでした。デスクには常にメモ紙を用意して大事なことは紙に書きながら確認していました。
メールも毎日,大事なものから全く関係のないものまで大量に送られてきますが,それを確認するだけで日本語メールの何倍も時間を要し,何をするにも仕事が進まない,時間がかかる…と最初の3ヶ月くらいは心が疲弊していました。ただ,以前北大に短期留学をしていたフランス人のクララと一緒に研究をしていた時に,英語が上手じゃなくてごめんねといった私に「私はあなたが何を言いたいのか理解できてるわ。それでいいじゃない!」と言ってくれたこと,豊嶋教授が何かの飲み会で「留学先で,英語が得意じゃないからと日本人は輪から離れようとするけど,それじゃだめなんだ」と言っていたことを覚えていたので,全く何を言っているかわからないネイティブ同士の会話にも気持ちを奮い立たせて参加していました。
ある一定期間が過ぎたくらいで,まずはネイティブのラボメンバーが私の英語に慣れてスムーズに理解できるようになり,半年くらいしたところで世間話に関しては50%くらい何を言ってるのかがわかればまあそれでいいかと思える境地に達しました。留学したからといって自然と英語が上達するわけではなく,結局,英語は使わないと上達しないと改めて認識しましたが,語学留学をしているわけではないので英語のために余計な時間は割きたくないという思いもあり,最近はエレベーターや道端で気さくに話しかけてくる人たちをターゲットに短時間の会話を繰り返してトレーニング中です!
私レベルの英語力で,1年以上アメリカで研究生活を送れていることを踏まえて,留学を考えている人や全く考えていなかったけど留学のチャンスが巡ってきた人は,英語力にとらわれず留学先での活動に興味があるかどうかでトライしてみたら良いとアドバイスしたいと思います!

MDアンダーソンがんセンターとRob Jenq研究室
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写真1:夕日をバックにした研究室のあるビルディング。5階が私たちの研究室。

ヒューストンと聞くとアメリカ航空宇宙局(NASA)を思い浮かべてしまうと思いますが,ヒューストンにあるテキサスメディカルセンターは世界最大の医療研究機関の集積地でもあります。MDアンダーソンがんセンターはこのテキサスメディカルセンターに属する,癌の治療・研究・教育・予防を専門とする大規模センターで,私もよく把握していないのですが20以上のビルディングからなっているようです。MDアンダーソンがんセンターのミッションは「Making Cancer History」,つまり癌の撲滅です。そのために2万人近い人が働いています。私が留学してすぐ,MDアンダーソンがんセンター免疫学のアリソン博士が免疫チェックポイントCTLA-4の発見で,テキサス州で初めてノーベル賞を受賞され,祝福のパレードが行われるなど賑わいました。私の所属するRob JenqラボはDepartment of Genomic Medicineに属しており,Microbiologyを専門としているラボです(写真1)。

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写真2:ラボメンバーと和食屋さんでラボランチ。

MDですが,腸内細菌叢の研究を専門にしていて,造血幹細胞移植患者の腸内細菌叢だけでなく,たくさんの診療科・部署とコラボレーションして腸内細菌とがんの発症や治療反応性との関連性,新規治療法の確立など多くのプロジェクトを抱えています。腸内細菌叢の解析に必要なシークエンス設備が充実しているDepartmentなので,私たちのラボでも多いときには2週間に1回のペースで300〜500検体の腸内細菌叢のシークエンスを行い,解析しています。2020年3月時点でリサーチサイエンティストが5名,ポスドク2名,大学院生1名,リサーチアシスタント6名,ラボマネージャー1名が所属しており,どちらかというと抱えているプロジェクトも多く忙しい研究室です(写真2)。

ボスは多忙ですが,きちんと時間を作ってプロジェクトミーティングを開きます。週に1回研究グループごとのミーティングがあり,自分の実験データをグループのメンバーにプレゼンし,研究の方向性を確認し合っています。私は自分の研究に関するグループ(GVHDグループ)と指導中の大学院生の研究グループ(腸炎グループ)の2つに所属しているので,週2回のミーティングを抱えています。それに加えて2週に1回ボスとの個人ミーティングがあり,プライベートな相談や研究の進捗確認,新しい研究のアイディアなどを話し合っています。新しい研究のコラボレーション依頼があった時などにも,それに必要なメンバーが集められ臨時でミーティングが開かれるので,ミーティングが多くディスカッションが求められる毎日ですが,留学ならではの「研究に没頭できる毎日」はすごく充実した時間です!

印象深いエピソード
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写真3: TCTミーティングで北大の先生方とボスのRob(中央)とラボメンバーのTina(前列左から2番目)。

この1年数ヶ月の留学生活の間の印象深いエピソードとしては,多くの北大,北大関連病院の先生をヒューストンでお迎えしたことです。留学先が世界最大の医療研究機関,しかもCancer careでは全米No.1にランクしているということもあり,同門の千丈先生がまずは2019年1月に研修にいらっしゃり,我が家で大量のアルコールを消費して帰国されました。そして千丈先生と入れ替わりで,宮島先生が研修医として4週間研修にいらっしゃり,週一回くらいのペースで一緒に飲む機会をもてました。また2019年2月には,名称が変更となったTCTミーティング(旧タンデムミーティング)の第一回目がヒューストンで開かれ,豊嶋教授をはじめ,たくさんの先生方がヒューストンにいらっしゃり,皆様を出迎えるべくお店のチェックや観光場所のチェック,ラボ見学など準備を頑張らせていただきました(写真3)。また2020年2月には北大6年生の篠原陸斗先生が国試後にMDアンダーソンに研修にいらっしゃり,ラボを紹介した後,我が家でバーベキューをし,ゲームで娘の遊び相手になってもらいました。

留学は特に最初は苦労の連続ですが,多民族の集まるアメリカでは研究だけでなく,いろんな国の文化や御作法などにも触れることができ,多くの面で成長できると思います。留学を希望する多くの先生方が,日本だけでなく世界中で活躍することを期待しています。

最後になりましたが,このような貴重な留学の機会を与えていただきました豊嶋教授はじめ血液内科の皆様に深く感謝申し上げます。